2009-09-06

失敗談3.サンボアンガのチャットフィリピーナその1

 ブラカンのちゃっかりフィリピーナと別れてから、また新たな再婚相手探しが始まりました。基本的に子連れは候補から外していましたが、サンボアンガのEはチャットで話していた時は「子供はいない」と言っていたのに、会いに行く段になったら「大事な話ある」だって…(゜Д゜)
 サンボアンガ空港で初めて会ったEは、ウェブカメラ以上に本当に美人でした。
 彼女の友人と3人で彼女の兄が所有する三菱の真っ赤なスポーツカーに乗り込み、彼女の運転でまずはホテルにチェックイン。きれいな部屋でしたが1泊千ペソ(約2000円)と格安でした。物価はマニラよりはるかに安いですね。
 しかし2泊とも一人寝でした。(^^;)

 まずはホテルの部屋で「大事な話」を聞かされました。予想通り子供がいました。がしかし、これだけの美人ならまあいいかヾ(^▽^)ノ…とも思うのでした。

つづく

2009-09-05

失敗談2.ふたり目のチャットフィリピーナその3

 ちゃっかりフィリピーナでも元々が好みのタイプでチャットして現地で会った訳ですから、一緒にいれば楽しいし、電話も毎日していました。
 結局初めて会ってから2年は付き合ったことになるでしょうか。
 私の収入ダウンで再婚予定を延期しているうちに、私も他のフィリピーナとも付き合うようになり、その扱われ方の違いに疑念を益々深めていきました。

 やはり日本人とは様々な違いがあるので、今までの恋愛経験はあまり判断基準にはなりません。
 そして遠距離な訳ですから実際に一緒に過ごせる時間は限られてしまいます。
 そこで皆さんにも可能な限り大勢のフィリピーナと接することをお勧めします。
 恋人はともかく、色々相談できる友達関係のフィリピーナが多いと何かと助かるはずです。
 私の場合は恋人候補や愛人まで複数になってしまい、それはそれで楽しいながら色々大変でした。(^^;)

 このブラカンのLと別れてしばらく経った頃、人づてに彼女が妊娠したことを知りました。結婚まで何もできなかった私は全く痛いオヤジでしたね。(^^;)

 しかしこれにはまだオチがありまして、当の彼女から6ヶ月の娘を抱えてまだ入籍しなかったフィリピン人のダンナに逃げられたとメールが来ました。(゜Д゜)
 また少額の援助が始まっています。一度は再婚を約束した相手ですし、私の収入ダウンがなければ本当に結婚していたであろうフィリピーナですから…。(^^ゞ

2009-09-01

失敗談2.ふたり目のチャットフィリピーナその2

 さて結婚のOKは出たものの、結婚までSEXはお預けですと…(^^;)
 処女ならそれも解りますが、彼女はヴァージンじゃないと言いますし、(゜Д゜)

 まあ一歩譲ってその件は我慢することにしましたが、彼女の家には泊まれるものの、私のホテルに1人で来ません。いつも友達か従姉妹のフィリピーナが一緒なんです。(^^;)
 そんなチャットのお客さん扱いがずっと続きました。

 しかも知り合った時の彼女はブラカンのチャットオフィスに泊まり込みでしたが、安い中古パソコンを送って自宅でオンラインするようになったら、パソコンだけオンラインでカメラの前に誰もいません。(=_=;)

 仕事を頑張ってしっかりしているフィリピーナが好きなのに、仕事はいい加減でちゃっかりしているフィリピーナでした。(=_=;)


つづく

2009-08-30

失敗談2.ふたり目のチャットフィリピーナその1

 ダバオのAちゃんにマニラで初めて会った翌日、ブラカンのLちゃんが友人と2人でマニラまで来てくれて、私も合流した日本からの友人と2対2でロビンソンで会いました。
 この彼女は当時まだ19才で色白マガンダでした。
 この時は前日のAちゃんがストライクど真ん中だったので、食事と当時まだあったベイウォークをぶらぶらしただけで別れました。
 そして8月のダバオで痛い目に会った後、彼女がチャットオフィスのフィリピーナ全員を引き連れてブラカンから車で駆けつけてくれて、エルミタのカウボーイグリルで大騒ぎしました。
 結局ダバオのAはやめて、このブラカンのLと付き合うことになったのがその年、2006年の12月でした。
 単なる願望ではなく、双方合意のもと、正式に結婚の約束をしたのも彼女が最初のフィリピーナとなりました。


つづく

2009-08-11

失敗談1.最初のチャットフィリピーナその4

 さて本命のチャットフィリピーナ、6月にマニラで会ってウェブカメラより可愛かったので舞い上がってしまった私は「痛いオヤジ」そのものの行動にでます。(^^ゞ

 2ヶ月後の8月に再び渡比して彼女が里帰りしているダバオまで行き、同じ飛行機でマニラまで戻ってダバオ2泊マニラ1泊を共に過ごすというよだれの出る計画だったのですが…、(^^;)

 その渡比の前に、彼女と彼女の友人がダバオに帰る為の飛行機代もヘルプしたような気がします。もちろん下心は臨界点に達しようかという勢いです。ヾ(^▽^)ノ
 そしてダバオの2泊のホテルは彼女の友人に予約してもらいましたが、みなさんなら当たり前のランクのホテルでしたが、私はいつも1泊3千円から4千円台のホテルにしか泊まらないので正直びっくりコキマロ!!でした。(^^ゞ
 彼女は事前のチャットで3泊とも2人きりで過ごすことを約束してくれましたが、渡比直前に「お婆さんが病気」だと伏線を張ってきました。嫌な予感がしました。
 そして初日のはダバオ空港に迎えに来てくれて……でもその友人と3人でホテルにチェックイン。あちこち市内の見所を案内してくれて、3で同じベッドで就寝。彼女はジーンズ履いたまま。最悪の状況です。言い訳は生理たから(゜Д゜)

 痛すぎました。(^^;)

 翌日は友人宅へ行き、友人の幼い娘とお母さんまで連れて5人でクロコダイルパークへ行きました。
 しかし宿泊は私だけ。(--;)
 お婆さん病気だからと帰る彼女。翌日のマニラ行きも独りぼっちでした。
 で、その時の彼女は真新しい携帯とデジカメを持っていて、携帯はお父さんに借りた…。デジカメはお兄さんに借りてメモリーカードは自分のだって…(=_=;)

 こりゃあ脈なしってことで次の候補ブラカンの19才に乗り換えることにしました。ヾ(^▽^)ノ

 でもマニラに戻ってから別のチャットフィリピーナと会い、なんとか目的は遂げられましたとさ。(^^;)

2009-08-06

もう一つのブログも更新中

 フィリピンにびっくりコキマロ!! http://bikkurikokimaro.seesaa.net/ では、フィリピン旅行記を更新中です。

2009-08-02

失敗談1.最初のチャットフィリピーナその3

 さてロビンソンで食事しただけで、しどろもどろの会話で彼女と別れました。(^^;)
 帰国前日のマニラ最終夜に再会を約束したのですが、その時は彼女の友人が一緒でした。(=_=;)

 そしてそんな事にもめげずに8月はダバオに帰省した彼女に会いに行っちゃいました。ヾ(^▽^)ノ
 この時からNW(ノースウエスト航空)をしばらく利用していました。今はチャイナエアラインズ(中華航空、CI)専門です。

 さて、この渡比は正に「痛いオヤジ」そのものでした。(*´д`*)

つづく